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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)715号 判決

上告人

富永久雄

右訴訟代理人

佐久間哲雄

若林律夫

被上告人

大谷康余里

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐久間哲雄、同若林律夫の上告理由一について

唯一の証拠方法でない限り、当事者の申し出た証拠を取り調べるか否かは、事実審裁判所の自由な裁量に委ねられているところ、本件記録に徴すれば、上告人が原審において申し出た証人柳沢包男が唯一の証拠でないことが明らかであるから、原審が右証人の尋問の申出を採用しなかつたとしても、違法とはいえない。論旨は、採用することができない。

その余の上告理由について

判決の理由には、原告が請求原因として主張した事実が自白、証拠等の資料によつて認められるか否か、認められるとすれば被告が抗弁として主張した事実が同様資料によつて認められるか否か、及び認められた事実に対して法を適用した結果どうなるかを示せば足りるものであつて、裁判所が証拠を排斥する理由を一々説示する必要のないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和二四年(オ)第三四号同二五年二月二八日第三小法廷判決・民集四巻二号七五頁、昭和三〇年(オ)第八五一号同三二年六月一一日第三小法廷判決・民集一一巻六号一〇三〇頁)。したがつて、原審が判決の理由において単に事実の認定の資料として採用した証拠の標目を摘示し、これに反する証拠を措信し難いとして排斥する旨説示しただけで、所論のように心証形成の過程について説示しなかつたとしても、違法を来すものとはいえない。

論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない事項についてその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)

上告代理人佐久間哲雄、同若林律夫の上告理由

一、〈省略〉

二、控訴審判決には理由不備の違法がある。

控訴審判決における理由の記載を見れば明らかなとおり、控訴裁判所は甲第一号証、乙第一号証の五、証人関の証言及び控訴人第一審原告本人尋問の結果から控訴人主張の事実を認定している。

上記した甲第二号証以下の質問形式の書面についてはこれを判決の基礎としていないことは右証拠の挙示からも明らかであるが、そうであれば前記した如く本件における証拠関係はほぼ対等の状況にあり、いわばいずれか一方の主張を容れるに足りる何らの証拠も存しなかつたと言うべきであつて、立証責任の分配の原則に従うならば、控訴人の主張事実についてこれが真実であるとの確信は到底得られるものではなかつたと言うべきである。

仮に右確信を有するに至ることが自由心証の範囲内のことであるとしても、右の如くきわめて判断の困難な証拠関係の状態にあつて、真偽不明と言うべき本件について控訴審は何故判決主文の如き結論に至る事実認定ができたものか、その心証形成の過程を明らかにすべきであり、これを欠く控訴審判決は全く理由を付さなかつたも同様と言わねばならない。

のみならず、本件について上告人は第一審で勝訴判決を得ている。

上記の如く控訴審における新たな証拠と言えば、甲第二号証以下の書証のほかは、当事者本人双方の尋問の結果のみであつて、右甲第二号証以下は判決の基礎として採りあげられていないのであるから、結局、新たに判決の基礎となつた証拠と言えば控訴人本人尋問の結果のみであると言える。

民訴法第三七八条、第三三六条の規定から明らかなごとく、控訴裁判所はそれまでの証拠調では真偽不明の心証しか得られなかつたからこそ、控訴人及び被控訴人の本人尋問を行なつたものというべきである。

しかしその内容は、本件の事実関係について直接述べた部分はいずれも第一審における原告(控訴人)の本人尋問の結果と同様の内容であつていずれも心証に変化を来すべき新たなものは見られない。

してみれば、控訴審はいわばその原審と殆ど相違しない同一の証拠を判決の基礎に置きながらその原審と全く正反対の事実認定をし、正反対の結論に達したものであつて、かかる場合、右認定の根拠を示さずして、当事者を納得せしめることは殆ど不可能と言うべきである。

即ち、本件においては控訴裁判所は判決の基礎とした各証拠の証拠力がどの程度のものであるか、これにもとづいていかなる事実を認定し得たがためにかかる結論に達したものであるかとの点につき明確にすべきであつたと言うべきであり、まして本件においては唯一とも言うべき重要な証人の申請をめぐる上記した第一審からの経緯さらに上告代理人に対するその回答書の内容から明らかな同人の証人としての重要性、あわせて右経緯の下における控訴審における被控訴人のした柳沢の証人申請の意味を充分に考慮するならば、控訴審判決は単に判決の基礎とした証拠を摘示するだけでは理由を付したことにならず、従つて理由不備の違法があると言うべきである。〈以下、省略〉

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